大企業の新規事業開発に携わる方と議論をしていると、新規事業開発の活動そのものというよりも、間接的に影響がある要素によって新規事業開発がなかなか進まないというお話を伺うことがあります。その要素の一つに、事業投資の意思決定の部分が障害になるケースがあります。そもそも事業投資をどのように捉えて考えるべきなのかまとめたいと思います。
企業が長期的に事業を継続するためには、新規事業への投資、新たな成長が必要
現代において、企業が長期的に事業を継続していくためには、新規事業開発が必要な要素となります。これは、企業経営においてのゴーイング・コンサーン(継続企業の前提)を守るための重要な要素でもあります。世の中の変化の速度が増す中で、現状維持を続けている企業は衰退のリスクが高まります。例えば、「両利きの経営」を提唱したスタンフォード大学経営大学院のチャールズ・A・オライリー教授は、フォーチュン500にランクインする米国の大企業でも、2025年までにその半数が衰退に転じると予測していました。(ここでは、倒産するという意味ではないことにご注意ください)
企業が長期的に事業を継続していくために、「資本(財務資本)」を投下して、事業活動を行ってリターンを得ていく必要があります。企業経営においては、「資本(財務資本)」には以下の三つの主要な役割があると言われています。
- 役割1 : リスクが発現した際に会社を救うリスクバッファーとしての役割(財務健全性の確保)
- 役割2 : 成長投資に向かう原資(成長の実現)
- 役割3 : 株主還元の原資(株主還元の充実)
(Source : 著:徳成 旨亮『CFO思考』(ダイヤモンド社、2023年)より引用)
役割2に記載がある通り、企業が長期的に事業を継続していくために新たな成長が必要であるならば、資本を適切に活用し、未来への投資を行う必要があります。
『資産の最適配分』の必要性はわかっているものの、実行できるかどうかは別問題
成長の実現に向けて投資の必要性が認識されながらも、実際にはなかなか実行されない現状があります。そこには、いくつかの課題が挙げられます。
課題を捉えるにあたっては、企業経営の「ファイナンス」という観点で改めて考える必要があります。「ファイナンス」というものを、シンプルに4つの側面で考えると、以下の活動と考えることができます。
- A:事業に必要なお金を外部から最適なバランスと条件で調達(外部からの資金調達)
- B:既存の事業・資産から最大限にお金を創出(資金の創出)
- C:築いた資産(お金を含む)を事業構築のための新規投資や株主・債権者への還元に最適に分配(資産の最適配分)
- D:その経緯の合理性と意思をステークホルダーに説明(ステークホルダー・コミュニケーション)
(Source : 著:朝倉 祐介『ファイナンス思考』(ダイヤモンド社、2018年)より引用したものを加筆・修正)
上記のCの観点で、配分可能な原資のうち、どれくらいの割合を戦略投資やR&D、設備投資などの成長に充てるのか、その絵を描いて意思決定し、実行する必要があります。その役割の責任者としては、経営層の中でCFO(最高財務責任者)と言われる人が担うことが主になります。
CFOの役割については、海外のほうが高度化しているように感じます。一方、日本のCFOは、経理・財務担当役員という域を出ず、上記のファイナンスの観点のCやDを担いきれていない、ゆえに、経営層の中でCやDを担う役割が不在になりやすいケースが多いと言われています。日本では昔から「金庫番」という表現の仕方がありますが、上記のファイナンスの観点のAやBに強みを持つ経理・財務担当役員は多いように感じます。経理・財務担当としては、毎年の利益について目が行きがちで、「費用(コスト)」についての意識が強いのではないでしょうか。しかし、「投資」は未来に生み出される利益を見込んで使われるもので、その意識が弱いように思います。「費用(コスト)」と「投資」が異なることは、CFOであれば理解していて欲しいものですが、意外と混同されている気がします。
CFOが、戦略投資を行うにあたっては、考え方の一つとして、古くにBCGが提唱したPPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)の考え方が用いられることもありますが、多くの方が知っている考え方であるにもかかわらず、実際に考えてみると意外と難しいようです。理論的には、PPMで言う「問題児」に投資を行うべきなのですが、どのような基準で投資の可否を判断するかという難しさもありつつも、そもそも、投資するべき新規事業の種となる「問題児」が少ないということが戦略投資の実行に移りにくい原因にも見受けられます。
また、「金のなる木」や「負け犬」にて蓄積されたアセット(例えば、商流や技術、ノウハウなど)を活かした形で「問題児」を作り上げようとすると、より新規事業の種を多く生むことが難しくなってしまいます。
新規事業開発を『自社で行う』のは選択肢のひとつ
戦略投資やR&D、設備投資などの成長に向けて配分可能な原資を使うことは重要です。しかしながら、新規事業の種は、必ずしも自社の中で生み出さなければならないというわけではありません。
選択肢としては、自社で行うものから、他社の事業をそのまま活用するものまで考えられるわけで、さらに細かく分けて考えれば、色々と選択肢が存在します。
自社で行う
- 自社で新規事業を開発する
- 他社・他組織の技術やアイディアに関して契約を行い、自社に導入する。それをもとに事業を開発する
他社・他組織と連携して行う
- 他社・他組織と連携して、事業を創出する、共同開発を行う
- 他社と合弁で事業を立ち上げる(ジョイントベンチャー)
他社の事業をそのまま活用する
- 他社を戦略的に買収する(M&A)
選択肢は複数あるので、自社にとって、どのような手段を用いて新規事業開発を行うことが最適なのかを一度考えることをお勧めします。
ただし、いずれの手段を選択するにしても、自社の中で、事業を企画する能力を持った社員が必要であることは間違いありません。事業を企画する能力というのは、以下に記載の内容を考えることができることを意味します。
- どのような顧客のどのような困りごとに対して、
- どのような製品・サービスで、どのような価値提供を行い、
- どういった市場から、どれくらいの規模の事業を生み出すことができるのか、どれくらいで投資回収ができるのか
- 競合と比較したときに、どのような観点で差別化を図ることができるのか
- どういったプレーヤーと協業して、どのようなビジネスモデルを構築するか
- その事業をなぜ自社が行うのか、自社が行うことによって、どのような世界を実現したいのか(ビジョン、大義名分)
自社で新規事業開発を行わず、他社と連携したり、他社の事業を買収したりするにしても、自社の既存事業との関係性から、自社のアセット(例えば、商流や技術、ノウハウなど)を活用できるのか、シナジーを生めるのかを考えた上で、事業の企画の整合性が取れているのかを考えることが求められるため、事業を企画する能力を持った社員が必要となるのです。
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