選抜者研修の設計について

最近では、「人的資本経営」という言葉が使われるようになり、企業の中でも意識され始めるようになりました。弊社のお客様でも、人的資本の考え方(例えば、ISO30414「人的資本に関する情報開示ガイドライン」を参考)をもとにして、人事施策を整理して検討される企業が増えているように感じます。人的資本経営を行う上で考えるべき項目の一つに「サクセッションプラン」があります。

サクセッションプランとは、後継者計画のことを指します。経済産業省が策定したコーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン) の別冊として「指名委員会・報酬委員会及び後継者計画の活用に関する指針」(https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/cgs_kenkyukai/pdf/20220719_03.pdf)というものがありますが、その中では、特に、社長・CEOといった重要なポストの後継者計画(後継者計画を構成する取組)について、以下のようなことが記載されております。

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<後継者計画を構成する取組>

社長・CEOの後継者計画とは、企業の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上を確保することを目的として、そこで中心的な役割を果たす社長・CEOの交代が優れた後継者に対して最適なタイミングでなされることを確保するための取組ということができる。

そして、その中心は、「想定される現社長・CEO の交代時期」を見据えて、後継者候補を選抜・育成し、必要な資質を備えさせるとともに、経営トップとして最も相応しい人材を見極める中長期的な取組であろう。

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目次

サクセッションプランに必要な『選抜』の仕組みと研修

この機会に本格的に検討を始めて、選抜者(次期経営者候補)の育成の施策を企画・実行(今まで実施してきたが、改めて再検討されることも含めて)される企業が出てきています。

「指名委員会・報酬委員会及び後継者計画の活用に関する指針」(https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/cgs_kenkyukai/pdf/20220719_03.pdf)では、サクセッションプランの策定・運用に取り組む際の7つのステップが明示されております。

選抜者(上記の指針で言うところの後継者候補)に関する施策は、労力や費用がかかるにも関わらず、その施策を活かしきれていない企業が一定存在するように見受けられます。上記の指針で記載されているステップ4に「育成計画の策定・実施」とありますが、弊社でもその一環としての選抜者研修をご支援する機会が多いため、上手く活用できている企業がどのようなことを意識し、企画・実行しているか書きたいと思います。

※弊社がご支援した事例は、こちらの記事(https://ideapoint.co.jp/case/004/)をご参照ください


『選抜者』を対象とした研修の設計のポイント – 『成長機会』としての選抜者研修

選抜者研修では、レベルの高いインプットだけでなく、インプットをもとに会社に貢献できるようなアウトプット(例えば、会社への提言を行うなど)を行うアクションラーニングが実施されることが多いかと思います。

選抜者のアクションラーニングは、職位や年次によって(例えば、課長前、課長、部長、本部長 / 30代、40代、50代など)、どのような視点でアウトプットを考え(全社レベルで考えるものなのか、事業部門レベルで考えるものなのか、現場レベルで考えるものなのか)、具体的にどのようなアウトプットを行うか(戦略そのものを考えるのか、提示された戦略に即した戦術を考えるのか)という設計を行っている企業が多いと思われます。

上記のような選抜者向けのアクションラーニングを研修という形で実施することが問題であるというわけではないです。選抜者により成長してもらうために必要な機会の一つになることは間違いないでしょう。しかしながら、研修を実施して、そこで終了してしまい、研修の成果が活かしきれていない企業が多いです。研修を実施するための費用もさることながら、選抜者が現場から離れて集まって時間を要していることを考えると、相当な投資を行っていることになるわけで、その成果はできる限り活かさないともったいないです。


選抜者研修の問題点 – 短期の成果 vs 長期の成果

選抜者向けの研修でよくある問題点の一つとして、短期的な視点で企画が考えられてしまうという問題点があります。

選抜者の育成は、将来への投資として行われるべきであるにも関わらず、企画の段階でそのことが意識されずに進んでしまうということがあります。具体的には、以下の2つの観点で考えることで、陥りがちな問題を回避することができます。

① 将来的(5年以上先に)に、どのようなマインド・スキル・経験を持ったリーダー・経営者が必要になるのかを先に考える

② 選抜された人が、選抜者の研修において、直近で活用されるようなアウトプットを出す研修にするのではなく、先々のキャリアを考えて、先々において活用されるようなアウトプットを出す研修を企画する

①については、サクセッションプランを検討した段階で、リーダー・経営者に求められる人材要件は固めているとは思いますが、改めて将来のリーダー・経営者に求められることが何なのかを考える必要があると思います。サクセッションプランそのものや人材要件は、定期的に見直すことも重要です。

②については、企画しているうちに、直近での成果に結びつけることに頭が引っ張られて研修を企画してしまうことがよくあります。例えば、直近での中期経営計画を検討する研修を行ったり、直近で発表される中期経営計画の内容を受けてそれを戦術に落とし込む検討を行う研修を実施したりするケースが散見されます。企画の細かいところで、どのようなテーマを取り扱うかは研修によりますが、少なくとも、5年以上先、10年以上先にどのような会社にしていくべきなのかを考える場にするべきです。 また、研修を実施してそこで終了してしまわないように工夫を行う必要があります。どのような工夫を行うべきなのか、次に触れたいと思います。


『研修』を『研修で終わらせない』ためにできること

人材開発を行う際の重要な考え方の一つに、経験学習サイクルがありますが、選抜者の育成においても、経験学習サイクルの要素を用いるべきです。選抜者研修を行って、インプットが行われ、何かしらのテーマに対してアウトプットが行われて、そこで終了とさせないことです。アウトプットしたことを実際に実行・経験させて、さらにその結果をもとに振り返りを行うことで大きく成長していくわけです。

研修の中で、何かしらのインプットが行われるかと思いますが、インプットされた内容を活用しながら、

・5年以上先、10年以上先にどのような会社にしていくべきかを考える

・目指すべき会社になるために行うべきことを考える

・行うべきことの優先順位を考え、5年・10年先に向けてのスケジュールを考える

といったアウトプットに取り組まれることが多いでしょう。経験学習サイクルの要素を用いるのであれば、上記のような内容で、選抜者に何かを提言させることで終わるのではなく、

・行うべきことの中で、選抜者自身がモチベーション高く取り組めること、大いに価値を発揮できることを考える

・選抜者が取り組む、大いに価値を発揮するために必要なポジションが何かを明示させる

・取り組むことと必要なポジションを宣言させ、実際に実行に向けて調整を行う

といったことまで行うことで、選抜者育成の施策をフル活用することができるのです。

経済産業省が策定した「人的資本経営の実現に向けた検討会報告書 ~ 人材版伊藤レポート2.0 ~」(https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinteki_shihon/pdf/report2.0.pdf)がありますが、その中では、以下のようなことが記載されております。

人事部門は、研修を実施するだけでなく、人材版伊藤レポートに記載されているようなストレッチアサインメントや経営者経験を積ませるために、研修のアウトプットの内容から配置を検討し、実際に宣言したことが実行されているかを定期的に振り返る機会も設ける必要があります。また、実行していることが成果に結びつかないようであれば、実行した結果から何を学ぶことができたかを考えさせ、方向転換を促す必要も出てきます。振り返りやそこからの学びの抽出(経験学習サイクルで言うところの「内省」や「概念化(教訓を導き出す)」)を、選抜者自身や人事部門だけで行えないようであれば、プロフェッショナルのコーチについてもらうなど、さらなる工夫を行う必要も出てきます。


人事は『戦略』にしたがう – 戦略人事という考え方の必要性

ここまで読んでいただいた方にはお気づきの方もいらっしゃると思いますが、選抜者を育成するためには、研修は一つの選択肢でしかなく、そもそもどのような人材を採用して、どのように育成して、どのような配置を行って成果を出してもらう必要があるのかを短期的だけでなく中長期的に考えるべきです。つまり、「戦略人事」に求められることを考える必要があるわけです。

戦略人事は、選抜者に限らず、会社や一つの事業において、どういう方向性に向かっていて、そのために必要な業務は何があり、組織がどのように設計されて、どのような指標を設けて、それを実現するための人材がどれだけ必要で、その人材に対してはどれだけの報酬を支払い、最終的、且つ、継続的に利益を生み出せることができるのかを考える必要があります。そして、その中で、リーダー、つまり、組織を率いることができる人材がどれだけ必要で、どのような能力が求められるのかを考えることが、選抜者をどのように扱うかにつながるわけです。

リーダーが求められる能力に対して、選抜者が足りていない部分があるのであれば、成長が必要であり、その能力を身につけるために、どのような経験を積ませるべきかと逆算して考えるとよいでしょう。成長が必要な選抜者に経験を積ませるための選択肢は、選抜者研修のような特別なトレーニングを用意するという選択肢以外にも、コーチをつけて成長を促すという方法もあります。また、トレーニング以外にも、戦略的配置を行うことで成長を促すという方法もあります。選抜者がメインで担当している業務(例えば、営業や開発、人事、など)があるとしたら、そのメイン以外の業務を2~3つ経験してもらい、会社や事業を様々な観点から見られるようになることを促します。メイン以外の業務でも問題なく成果を上げることができるのかが求められ、その期待に応えることができた選抜者がさらに重要な仕事を任されていくことになるのです。

選抜者の成長のための研修は、単なる研修ではなく、選抜者本人のキャリア形成の一部として捉えると他の施策との連動が考えやすくなるのでオススメです。

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