今さら聞けない新規事業のキーワード – ジョブ理論(Jobs to Be Done)

日々の業務でよく使われるものの、その定義や基本的な考え方や論点について、「意外と知らない…」ということはよくあることなのではないでしょうか。

今回は、新規事業の分野でよく聞くキーワードとして、「ジョブ理論(Jobs to Be Done)」を取り上げて解説していきます。

目次

1.顧客は何のためにそれを”雇う”のか——新規事業担当者のためのジョブ理論入門

新商品や新規事業の企画を考えるとき、多くの会社は「20代女性」「30代の共働き世帯」といった顧客属性で市場を切り分けます。しかし、属性が同じ人でも買う人と買わない人がいますし、属性がまったく違う人が同じ商品を選ぶこともあります。この記事で紹介する「ジョブ理論」は、顧客を属性ではなく「片づけたい用事」という切り口で捉え直す考え方です。ジョブ理論を知ると、顧客インタビューで聞くべき質問が具体的になり、企画会議で「なんとなく良さそう」で通ってしまう議論を減らせます。まずはジョブ理論の基本から見ていきましょう。

2.ジョブ理論とは何か

2-1. なぜ「顧客属性」だけでは売れる理由が説明できないのか

新規事業や商品企画の現場では、顧客を年齢・性別・職業・年収といった属性で区切り、ターゲット像を決めることがよくあります。この方法は分かりやすい反面、大きな弱点を抱えています。同じ属性の中にも、まったく違う行動を取る人が混ざっているからです。

たとえば、仮に同じ30代会社員が2人いたとして、一方は毎朝コンビニでコーヒーを買い、もう一方は自宅で淹れて出勤するという状況を考えてみてください。属性だけを見ていると、この違いがなぜ生まれるのかを説明できません。結果として、顧客インタビューをしても「なんとなく便利だから」以上の答えが返ってこず、企画会議では根拠のない「良さそう」で話が進んでしまいます。

この壁を越える視点として登場したのが、次に説明する「ジョブ理論」です。顧客が置かれた状況と、そこで成し遂げたいことに注目することで、属性では見えなかった購買の理由が見えてきます。

2-2.ジョブ理論とは何か——顧客は製品を「雇用」する

ジョブ理論(Jobs to Be Done)は、経営学者クレイトン・クリステンセン(Clayton M. Christensen)が体系化した理論です。中心的な解説書は『Competing Against Luck』(クリステンセン、タディ・ホール、カレン・ディロン、デビッド・ダンカンの共著、2016年刊行)で、ハーバード・ビジネス・スクールの教員紹介や出版社情報など複数の情報源で著者・刊行年が確認できます。

この理論の核心は、「顧客は製品やサービスを”雇用(hire)”して、片づけたい用事(ジョブ)を成し遂げようとする」という捉え方です。ジョブとは、顧客がある状況に置かれたときに達成したい「進歩(progress)」のことを指します。従来のように年齢や性別で市場を切るのではなく、「どんな状況で」「何を成し遂げたくて」その商品を選んだのかに注目します。

つまり顧客は、その商品自体が欲しいのではなく、商品に「その用事を片づけてもらう」ために選んでいる、と考えるのがジョブ理論の基本です。この視点に立つと、同じ属性の中で行動が分かれる理由も説明しやすくなります。同じ会社員でも「移動中に眠気を覚ましたい」というジョブを抱えている人と、「自分の時間としてコーヒーを味わいたい」というジョブを抱えている人とでは、選ぶ商品もお金の使い方も変わってくるからです。

ジョブ理論(Jobs to Be Done)の4ステップと3つの側面を示した図解

2-3. 「四分の一インチの穴」に見る本質

ジョブ理論の考え方を直感的に伝える逸話として、「人は4分の1インチのドリルが欲しいのではなく、4分の1インチの穴が欲しいのだ」という言葉がよく紹介されます。ドリルという製品そのものではなく、その先にある「穴を開けたい」という用事にこそ価値があるという意味です。

この言葉は、マーケティング学者セオドア・レビット(Theodore Levitt)の発言として広く知られていますが、出典をたどると少し複雑です。レビット自身は1969年の著書で、これをLeo McGivenaという別の人物の発言として紹介しており、レビット本人の言葉として世に広まったのは、2005年にクリステンセンがハーバード・ビジネス・レビュー誌に寄稿した記事がきっかけだったとされています。つまり、レビットが引用したことで有名になった逸話ではあるものの、レビット自身のオリジナルな発言と断定はできません。

出典の細部はこのようにやや込み入っていますが、「顧客は製品そのものではなく、その先にある用事を欲しがっている」という本質は、ジョブ理論の考え方をつかむうえで非常に分かりやすい比喩です。次の章では、この考え方が実際の企業でどのように活かされているのかを見ていきます。

3.実際の例(具体的な企業の例)

3-1.ミルクシェイクの謎——あるファストフードチェーンの事例

ジョブ理論を代表する事例として、クリステンセンとコンサルタントのボブ・モエスタらが関わった、あるファストフードチェーンのミルクシェイクの調査があります。このチェーンは、ミルクシェイクの売上を伸ばそうと顧客層を絞った改良を重ねていましたが、思うように売上が伸びませんでした。なお、公開されている資料では対象企業の社名は伏せられているため、本記事でも「あるファストフードチェーン」として紹介します。

そこで調査チームは、属性ではなく「いつ、どんな状況で、なぜミルクシェイクが買われているか」を顧客に尋ねました。すると、朝の時間帯に買われるミルクシェイクの多くは、「退屈な通勤時間を紛らわせたい」「片手で食べられて車の運転の邪魔にならない」「昼前まで空腹を感じにくくしたい」という用事のために”雇用”されていることが分かりました。競合していたのはほかの飲み物ではなく、バナナやドーナツなど、同じ通勤時間を満たす別の選択肢だったのです。

この事例は、属性による分析では見えなかった購買理由が、ジョブという切り口で初めて説明できることを示しています。

3-2.IKEA——「今すぐ部屋を整えたい」というジョブに応える仕組み

家具量販店のIKEAも、ジョブ理論の観点から説明されることの多い企業です。クリステンセンは、IKEAが応えている顧客のジョブを「今すぐ自分の新しい住まいを整えたい」というものだと繰り返し説明しています。

このジョブの視点に立つと、IKEAの仕組み全体に一貫した狙いが見えてきます。顧客は家具という「モノ」そのものではなく、「早く、安く、自分で部屋を整えられること」を求めています。フラットパックによる持ち帰りと自己組み立てという、一見すると顧客に手間をかけさせる仕組みは、実はこのジョブに応えるために設計されたものだと解釈できます。買ったその日に持ち帰り、その日のうちに組み立てて使い始められることが、配送を待つ従来型の家具店にはない価値になっているのです。

商品そのものではなく事業の仕組み全体を、顧客のジョブから逆算して設計している点が、この事例の特徴です。

3-3.Godrej「ChotuKool」——電気が不安定な暮らしに応えた小型冷却機

新興国市場での事例としては、インドの家電メーカーGodrej & Boyceが開発した小型冷却装置「ChotuKool」が挙げられます。開発の背景には、インドの低所得層が抱える「電力供給が不安定な環境でも、食品を傷ませたくない」というジョブがありました。

従来型の大型冷蔵庫は電力を安定して確保できる家庭を前提に作られており、停電が頻繁に起きる地域では十分に機能しません。Godrejは、大型冷蔵庫の小型・低価格版を作るのではなく、低消費電力で停電時にも一定時間冷却を保てる小型装置として設計し直しました。開発にはクリステンセンが関わるコンサルティング会社Innosightの関与があったとされています。

普及台数については情報源によって数値の粒度が異なり、2年間で10万台以上が普及したとされていますが、正確な普及台数や期間は要確認です。この事例は、新興国市場の新規事業開発において、顧客が置かれた生活環境というジョブの手がかりから製品を設計し直した例として紹介します。

4.事例から得られる示唆・実践へのアドバイス

4-1.3つの事例に共通する視点——「状況」と「進歩」に注目する

ミルクシェイク、IKEA、ChotuKoolの3つの事例には、共通する視点があります。それは、顧客を「誰か」で見るのではなく、顧客が置かれた「状況」と、そこで成し遂げたい「進歩」に注目している点です。

ミルクシェイクの事例では「通勤中」という状況、IKEAの事例では「新しい住まいに引っ越した」という状況、ChotuKoolの事例では「電力が不安定な地域で暮らす」という状況が起点になっています。そのうえで、「退屈を紛らわせたい」「早く部屋を整えたい」「食品を傷ませたくない」という、顧客が求める進歩を満たす手段として、それぞれの商品や仕組みが選ばれています。

つまり、企画を考えるときの問いを「誰に売るか」から「どんな状況で、どんな進歩を求めている人に応えるか」へ切り替えることが、ジョブ理論を実務に活かす第一歩になります。

4-2.顧客インタビューをジョブ理論で組み立て直す

この視点は、顧客インタビューの質問設計にもそのまま応用できます。属性を確認するだけの質問ではなく、購買の前後にあった状況を掘り下げる質問に切り替えることがポイントです。

具体的には、「その商品を使う(雇う)直前、どんな状況でしたか」「その商品を選ぶ前に、他にどんな選択肢を検討しましたか、あるいは何もせずに済まそうとしましたか」「その商品を使うことで、結局何が片づきましたか、あるいは片づきませんでしたか」といった質問が有効です。

これらの質問は、回答者の属性ではなく、購買という行動の前後にある文脈を明らかにします。表面的な「便利だから」「良さそうだから」という感想の一段階手前にある、具体的な状況と動機を引き出せるようになります。

さらに、インタビューの終わりに「もしこの商品がなかったら、代わりに何をしていましたか」と尋ねると、顧客が本当に比較していた相手が見えてきます。ミルクシェイクの事例で言えば、競合はほかの飲料ではなく、同じ通勤時間を満たすバナナやドーナツでした。この質問を加えるだけで、自社が思い込んでいた競合と、顧客が実際に比較していた選択肢のずれに気づけることがあります。

4-3.企画会議での使い方——「誰に」ではなく「どんなジョブに」で議論する

企画会議でジョブ理論を使うときは、議論の起点を変えることが重要です。「この企画は誰に向けたものか」という問いから始めると、属性ベースの曖昧な合意で話が進みやすくなります。代わりに「この企画は、どんな状況にある人の、どんな進歩を助けるものか」を先に言語化してから、ターゲットや機能の議論に入ります。

この順番を守ると、「新しい機能を追加したほうが良さそうだ」という提案に対しても、「それはどのジョブを解決するための機能か」という具体的な問いを立てられるようになります。結果として、なんとなく良さそうという理由だけで企画が通ってしまう場面を減らせます。

議論の記録の仕方も工夫できます。企画書の冒頭に「想定ターゲット」だけでなく「解決するジョブ」を一文で書く欄を設けると、会議の参加者が同じ基準で企画を評価しやすくなります。ジョブが曖昧なまま機能や見た目の議論に入ってしまうと、意見がまとまらず、声の大きい人の感覚で決まりがちです。ジョブを先に言語化しておくことが、建設的な議論の土台になります。

5.まとめ

5-1.ジョブ理論から得られる3つの視点(まとめ)

ここまでの内容を、3つの視点に整理します。

1つ目は、顧客は製品そのものではなく、片づけたい用事(ジョブ)のために製品を”雇用”しているという基本的な考え方です。2つ目は、ミルクシェイク、IKEA、ChotuKoolの事例が示すように、顧客を年齢や性別で区切るのではなく、購買の背景にある文脈から捉え直すと、これまで見えなかった理由が説明できるということです。3つ目は、この視点を顧客インタビューの質問設計や企画会議の議論の立て方に応用することで、根拠のある企画判断につなげられるということです。

これら3つの視点は、どれか1つだけを覚えれば十分というものではありません。「属性ではなくジョブで見る」という考え方を土台に、事例で具体像をつかみ、インタビューと会議という日々の業務にまで落とし込んで、はじめて実務で使える形になります。次で紹介する最初の一歩から、無理のない範囲で試してみてください。

5-2.明日からの最初の一歩

まずは、次に予定している顧客インタビューで、1つだけ質問を変えてみることをおすすめします。「どんな方ですか」ではなく、「その商品を使う直前、どんな状況でしたか」と聞いてみてください。

また、次の企画会議では、企画の説明を「誰に向けた企画か」からではなく、「どんな状況にある人の、どんな進歩を助ける企画か」から始めてみてください。この小さな変更だけでも、顧客理解と企画の議論の質は変わり始めます。ジョブ理論は難しい理論ではなく、明日からの会話に取り入れられる視点の転換です。ぜひ実務の中で試してみてください。

今回は、新規事業の分野でよく聞くキーワードとして、「ジョブ理論(Jobs to Be Done)」を取り上げて解説しました。正しい活用は正しい理解から!みなさまの業務に活用いただければ幸いです。また、「実はこんな理論、コンセプトも解説してほしいんだよね」というものがありましたら、弊社営業までお問い合わせください。

 本記事に関するご質問やコメント、疑問に感じた点がございましたら、ぜひ、問い合わせフォームより連絡ください。最後までお読みいただきありがとうございました。

株式会社アイディアポイント
管理本部
高橋佑季

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